ストックを突く理由(メリット)としては、様々考えられます。例えば、競技のスタート場面における「スタートダッシュ」,前述の回転競技における「ポールの排除」の為,トラバース等移動の際の「推進力補助(ストックで押して前方に進む)」,山岳スキーにおける「ブレーキ」や「救助道具として」,その他ストックの利用・活用法を、会員の方々も多々ご存知かと思います。しかしここでは、滑走中により質の高い(効率の良い)ターン運動技術の助けとなるストックワークのメリット(ストックを突く事の意味と価値)を目的としますので、以下3つのメリットをあげる事ができます。この3つのメリットの内容は、私が通常の雪上講習(レッスン)・指導で実際に行っている内容を、文章にまとめたものです。

Ⅰ.運動リズムを生む
一般的に運動リズムとは、運動が単に流動的なだけではなく、強から弱へ、あるいは緊張から弛緩へ、といった周期的交替がみられるか、すなわち運動がリズミカルに行われているかどうかを指します。

初心者の場合は、この運動リズムが不完全で、熟練者とは異なっています。すなわち運動リズムは、生まれつきの能力ではなく、運動の習熟にともなって洗練、改良されていくのです。それだけではなく、運動の習得に重要な役割をはたしていきます。また、運動リズムを把握できれば、いわば運動の“基本的骨組み”を得た事になります。これまで全日本スキー教程でも、運動リズムの重要性について、簡単に述べられています。

このスキー滑走にとても大切な運動リズムを、我々スキーヤーに直接与えてくれる(=伝えてくれる)ものの一つが、ストックワークなのです。ターン運動の中で、特にショートターン(小回り)において、リズムがどれだけ重要であるかを熟知・体験しているスキーヤーは多いと思います。滑走中その運動リズムを生んでくれる一番簡単で具体的な方法が、ストックワークなのです。

また運動を指導する指導者にとっては、運動リズムの把握・認識はとても重要な要素です。運動を指導するにあたり、行われた運動が全体としてどのようなものであったのか、言い換えればその運動の質はどのようなものであったのかを把握・評価する手段の一つとして、運動の構造を認識する必要があります。そして、その運動構造の認識の手だてとして、一般的に8つのカテゴリー(概念・視点)が考えられています。その一つが運動リズムなのです。この指導者が学習者の運動の質を見抜く(分析する)為の8つのカテゴリーに関しては、私(塚脇)の研究する専門領域になりますので、機会を改めて、詳しくご説明できればと思います。今回は、ここまでとします。

Ⅱ.バランスの助け
一般的に物体のバランスは、その物体の重心の位置・質量が同じ場合、重心を支える基底面積が大きくなれば、より安定する=バランスが崩れ難くなります。つまり[図A]:aよりも[図A]:bの方が安定している=バランスが良い、という事になります。これをスキー滑走に応用してみると、[図B]のようになります。[図B]は、スキー滑走中のスキーの位置を、真上から見た図です。黒い太実線は左右のスキー、↑は滑走方向、[図B]:c,:dはスキーヤーを支える基底面積、*はストックを突いたり、引きずった場所(位置)となります。

[図B]:cの基底面積は、スキーの長さとスキーヤーの滑走中のスタンスそのもので決定されます。[図B]:①はストックを突かずに滑走する場合、[図B]:②はストックを突いた瞬間の場合です。①では、基底面積がcのみの大きさですが、②ではストックを突く事によって、dの面積が拡大(追加)されます。従って②の場合の基底面積は、c+dとなるのです。つまりストックを突く事によって、スキーヤーの滑走中の基底面積が一瞬拡大し、その瞬間は、理論上よりバランス保持がし易い状態(バランス保持の有効な助け)となります。「杖」といった言葉に、集約できるように思います。

またストックを突く瞬間というのは、ターンを始める瞬間≒エッジングを切り換える瞬間と切り変え中です。エッジングの切り換え期(局面)は、エッジングにより雪面にロックされていたスキーが、斜面において開放される時間で、スキーヤーのバランス保持が最も難しくなる瞬間(局面)です。つまり、最もバランスの助けが必要になる瞬間(局面)です。

更に、重心位置が基底面積上にあれば、基本的にはバランスが保持されるわけですから、基底面積が拡大した②においては、スキーヤー(重心位置)は、より広範囲に動く事が可能となります。つまり、運動範囲(可動範囲)を広げる事になるのです。これを実際のターン運動にあてはめてみると、エッジングの切り換え期(局面)において、谷側(=次のターンの内側)方向へより大きく身体(重心)の移動(クロスオーバ等)が可能(⇔)となり、様々な状況により対応し易くなると言えます。

ここでは、ストックを突く事とスキーヤーの滑走中のバランス保持に関して説明しました。しかし現場での指導経験の豊富な指導者、滑走経験の豊富なスキーヤーや選手は、「スキーヤーのバランス保持能力に関しては、そんなに簡単なものではない」と思われるでしょう。その通り、ここで説明した物理的な物の安定性(バランス)と、生きた人間のバランス保持、ましてや滑走運動中のバランス保持とは違います。しかしここでは、滑走中ストックを突く事のメリットを解説している事を、ご理解下さい。この、アルペンスキーヤーの滑走中のバランス保持能力に関しては、1998年長野オリンピック記念冬期スポーツ科学会議(International Meeting of Sports Science Commemorating the 1998 Winter Olympics in Nagano)で私(塚脇 誠)が研究発表しておりますので、参照いただければと思います(独文:単著)。

Ⅲ.ターンの助け

スキーは、何もしなければ重力に従いフォールライン(最大傾斜線)方向に滑走していきます。直線運動をしている物体をイメージしているのが、[図C]:③です。↑のように、直線方向に進み続けます。しかし、[図C]:④のように、*ストックを突き、一瞬直線運動を止めようと(ロック)する力を加えると、運動方向は、↑赤矢印のように、ストックを突いた(ロックした)側の方向に変わります。

つまりストックを突く事は、運動(滑走している)方向を変える助けとなるのです。通常スキーヤーは、自分の行きたい方向(例えば、右なら右ストック)のストックを突きます。ターン運動は常に谷側へ方向を変えようとして、ターンが始まります。我々は、行きたい方向=谷側のストックを突く事により、滑走方向の変更≒ターンをより行い易くしているのです。

 

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